雨に踊る

 雨上がりの町ってどうしてこんなにも美しいのだろう。
 
 さっきまで降り続いていた雨は、わたしが玄関の扉を開け放つちょっと前にぴたりと鳴りを潜めた。雨上がりの匂い、降り注ぐ光の雨アスファルトは水に溶かした空の色。町全体が薄い水色で覆われて、さらに金色の粉をちらちらまぶされている。雨上がりは、すべての色彩がこぼれ落ちそうなほどぱつぱつに膨れている。止まれの赤色、街路樹の緑、人工物も自然もごちゃまぜになって、色の渦。
 
 写真を撮ろう、と思ったけれど、なんだかもったいなくて、やめた。
 世の中にはふたつのタイプの景色がある。ひとつは、写真にとると美しく切り取られてくれる景色。もうひとつは、写真に納めようとした瞬間、急激に色褪せていく景色。たぶんこれは後者だな、とわたしは察した。水色のスマートフォンは背中のリュックの中で、もうしばらくおやすみ。イヤホンで体の中をお気に入りの音楽で満たしながら、きらきら光る道路を踏みしめて、歩く。吹いたら消えそうなほど淡い雲は、強い風に押されて駆け足をする。
 
 光と影のコントラスト。金色の光を浴びるのに疲れたわたしは、ひょい、とその暗さに吸い込まれる。居心地のよいじめっとした涼しさ。そこから光の方に目を向けると、余計に眩しくて目がしぱしぱした。足元には水溜まり、映り込む空のかたち。一枚影を被った青色は、鮮明ではなかったけれど、やさしかった。
 
 今日が金曜日じゃなければ。今日が別の日なら。きっとわたしはすべてを忘れてまだ見ぬ町へ駆け出していた。それくらいこの瑞々しさはわたしの心を浮き立たせた。カバンを期待でいっぱいに膨らませて、降り立ったことのない駅に向かってみたい。ぶらぶらと知らない顔を眺めながら、知らない道をスキップして、そのまま遠くに消えてしまいたい、蒸発する雨水と一緒に。
 
 そんな、雨上がりの朝。